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江戸時代の情報伝達。そこには信頼と思いやりが不可欠だった | デザインやWEBに関する情報を発信する【まるログ】

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江戸時代の情報伝達
そこには信頼と思いやりが不可欠だった

江戸時代の情報伝達
インターネット、更にはSNSの普及で、情報はものすごいスピードで世界中に伝達できるようになりました。これはインターネット普及前(20年ほど前)では信じられない状況です。インターネット普及前の主な情報伝達手段と言えば、テレビやラジオでしょうか。テレビやラジオ、さらには電話さえもなかった時代、人々はどのように情報を伝達していたのでしょうか。

宮本 常一著 庶民の旅最近読んだ、宮本常一著「庶民の旅」という書籍に、情報伝達について面白いことが書いてあったので紹介します。

宮本 常一著
庶民の旅

本書は主に江戸時代の庶民の旅の様子を残された資料を元に日本の民俗学を代表する一人である宮本常一さんが解説する形でまとめられています。当時、庶民が旅をすることは珍しくなかったようです。目的も様々で、巡礼者、旅芸人、文人、俳人、武者修行の武士など。ほとんどは徒歩での移動でその姿は日本中でみられたとのことです。
そうした江戸期の旅人を宮本さんは本書で次のように解説しています。

旅人は江戸時代の情報・知識の伝達者だった。

農村地方の農村で暮らす人々が外部の情報を得る手段はそうした旅人が持ってくるものだったそうです。それだけに農村の人々は旅人を(多くの場合)歓迎し、もてなしたと。そればかりか、住まいを提供し長く逗留させようとまでする。簡単に通信ができるような時代ではなかった分、一つ一つの情報は貴重で重みがあったことでしょう。

遠方まで手紙が届く

手紙旅の道中にあっては時に故郷に宛てて無事を報せる手紙を書く。それをその方面に向かう別の旅人に託す。その後も手紙は旅人から旅人へ手渡され、最終的に宛先にきちんと届くのだそうです。なんか信じられないような話ですが、連絡手段が限られた当時においてこそ、お互いの信頼や人情が自ずとこれを補ったのかもしれません。

旅をする心得。知識の共有

わらじ旅行用心集なる本もあったようで、旅慣れない人が道中トラブルに会わないような知識がまとめられていたそうです。足が草臥れたらどう処置するとか、船酔いを防ぐにはどうしたらいいとか、中には「出かけた地方で方言を聞いてもからかってはいけない、トラブルのもとだから」といったモラルに関わることまで、現代でも役に立ちそうな旅の知識がまとめてあります。

<まとめ>
現代と江戸時代の「情報」の価値観の大きな違い

江戸時代の情報の価値このように江戸時代では旅人が情報・知識の伝達を担い、そこには人情、信頼、相手を思いやる気持ちが不可欠だったようです。現代になって得られる情報の量やそのスピードが変わっても、そこに人の心が介在することに変わりありません。
現代になって情報は旅を経ずとも広く発信でき、受ける側の量もスピードも昔とは比較になりません。当然それらを扱う人の気持ちも変化せざるを得ません。情報を得られやすくなったぶん、その関わり方もより無感動に処理される傾向にないでしょうか。
最近では情報への信頼性が揺らぐような事件の報道は珍しくなくなりました。そんな時に江戸期のこうした情報のやりとりはどこかほのぼのとさせるところがあり、現代を生きる私たちにとって心の救いにも感じます。本書を読んで、情報を扱う人のモラル、相手への思いやりは、発信する側、またそれに携わる立場として、責任を再認識する機会にしたいと感じました。

さらに深堀り!

宮本 常一著 野田泉光院 (旅人たちの歴史)本書で旅人の一人として紹介されている「野田 泉光院」は宮本さんが別の書籍でまとめられています。

宮本 常一著
野田泉光院 (旅人たちの歴史)

野田 泉光院は江戸後期の修験僧(山伏)で佐土原藩(現在の宮崎県)に仕えていた方だそうです。自分のお寺もあって住職をしていたのですが、巡礼の為にお供を一人連れて日本中の霊峰を(山岳信仰のため)まわる旅に出ています。
6年あまりを徒歩だけで移動し、しかも主だった街道(東海道とか)はあえて避け、地方の農村などを転々とし托鉢をしながら、信仰の対象となる山があれば登る、という現代を生きる私たちから想像するにはとても過酷な旅をしていました。
泉光院は道中で野宿するような事はなかったようです。もてなしを受けた農村で出立する際には先の予定を告げれば、「◯◯村の◯◯さんを訪ねれば泊めてくれるだろう。紹介文を書こう」という感じで、ほとんど宿に困るということなく旅を続けています。
江戸期の地方というとどこか閉鎖的、没交渉的なイメージを思い浮かべますが、本書を一読すれば、決してそんなことばかりでないと気づくでしょう。
他にも道中のたくさんの興味深いエピソードが紹介されていて、当時の庶民の暮らしぶりが生き生きと感じられる一冊です。

WEBデザイナー / S.K