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コロナの時代と「デザイン思考」

変異する社会

新型コロナウイルス感染症が発生して以来、2年以上が経った現在もウイルスは変異をし続け、継続的な不安を社会にもたらしています。未来を見通せないこの状況は、経済システムや人々の生活様式を変化させ、社会全体の仕組みをも変異させてしまったといえるでしょう。私自身もこの2年間、テレワークやWEBミーティングを活用した業務形態へ移行し、リモートによるクオリティ・コントロールや生産管理など、変異した社会環境に適応しながらデザインの業務を行ってきました。

しかし、この急加速的に変異をし続ける時代において、私自身の中で大きく変化しなかったものもありました。それは、デザインの業務を進行させるための考え方。つまり「デザイン思考」のプロセスは、コロナ時代の前も今も変わらず、有効的に活用できていることに気づかされたのです。

元々「デザインする」という動詞には、「新しい可能性を発見するための問題解決のプロセス」という意味があります。また、本質的な意味での「デザイン」とは「課題抽出 →仮設 → 検証 → 課題解決」の設計行為となり、デザインによって創造された最終的な生産物は、「思考」の結果を「可視化」したものとなります。

また、デザインの実際の業務には「観察力」「問題発見力」「発想力」「視覚化力」「造形力」などが必要とされますが、「デザイン思考」は、単にクリエイティブな行為や行動を促すだけではなく、一連の問題解決の考え方を指し示すとともに、実際に問題解決のためのプロセスを担っています。

「デザイン思考」とは

「デザイン思考」は、実践的かつ創造的な問題解決もしくは解決の創造についての形式的方法であり、将来に得られる結果をより良くすることを目的としています。最初にデザインを思考方法として捉えはじめたのは、ハーバート・サイモンの1969年の著書『システムの科学』に見られる内容がはじまりと言われ、その言葉は「デザイン思考」の本質について伝えています。

「現在の状態をより好ましいものに変えるべく行為の道筋を考案するものは、誰でもデザイン活動をしている。」
【引用】『システムの科学』/ハーバート・サイモン

現実を理想に向かってより良く変える事を目的とした活動は「デザインすること」と同じであり、
問題解決や目的を実現するために考えて作り出すことも、同様の思考のプロセスを踏むといえると伝えています。

そして現在「デザイン思考」は、デザイナーがデザインを行うプロセスや考え方をビジネスに転用したものとして、デザイナーだけでなく、文学・芸術・科学・エンジニアリング・ビジネスなど、すでにあらゆる世界で応用される考え方となっています。また、この思考のプロセスは、「Apple」や「Google」など世界を先導する企業や、国内では無印良品を運営する「良品計画」や、革新的なデザインでイメージを一新させた自動車メーカーの「マツダ」なども採用していると言われています。

「デザイン思考」の5つのプロセス

「デザイン思考」が、デザイナーだけのものでないことを理解した次の段階として、実際にはどのような思考のプロセスを行っていくのでしょうか。そのことは、デザインを科学における「思考方法」として据える研究が数多くの教育機関でされており、スタンフォード大学ハッソ・プラットナー・デザイン研究所では「デザイン思考 5つのステップ」というガイドを2012 年に発行し、そのプロセスを紹介しています。(以下要約)

1.共感(Empathize)

ユーザーが何に共感しているのかをインタビューし、注意深く観察をしましょう。一番有力な気づきは、発言と行動の間にある矛盾に注目することです。インタビューという会話の中で、本当に求めているものは何かを探るとともに、その深い意味を明らかにしましょう。共感段階では、情報の関係性と重要な部分の可視化をしながら、ユーザーとつながり、ストーリーを探求します。

2.問題定義(Define)

ユーザーの「共感」によって集めた情報を手掛かりに、正しい問題設定をします。そのことが正しい解決策を生み出す唯一の方法です。本当は何を必要としているのか、潜在的な課題は何なのか、問題解決に向かう意義ある挑戦課題を定めます。

3.創造(Ideate)

正しいアイデアを見つけるためではなく、様々な角度から可能性を最大限に広げるために解決策を創造します。ユーザーのニーズを定義し、ブレーンストーミングなどの手法を用いてイノベーションの可能性を最大化させます。

4.プロトタイプ(Prototype)

最終的な解決策に近づくために、そのアイデアの試作品を作ってみましょう。作成した物理的環境を通じてロールプレイすることにより、新たな視点や問題点に気づくことができます。

5.テスト(Test)

試作品に対するテストを繰り返し行うことで、解決策について検証します。定義したユーザーのニーズや試作品のコンセプトなどが正しかったのかを確認しながら、より精度の高い製品やサービスを創造していきます。

【引用】 スタンフォード・デザイン・ガイド「デザイン思考5つのステップ」
スタンフォード大学 ハッソ・プラットナー・デザイン研究所

このガイドでは最後に、『実践を繰り返し、独自のプロセスを磨きましょう。これらのプロセスはあくまで1つの提案です。最も重要なのはビジネスやワークスタイルの中にデザイナーの発想法「デザイン思考」を浸透させて、確信の実践を続けることです。』と綴っています。

困難な課題を扱うものが「デザイン思考」

前述のとおり「デザイン思考」は、実践的かつ創造的な問題解決もしくは解決の創造についての形式的方法です。社会の変化や変異を注意深く観察して問題を発見し、発想力を持って未来へ向けた施策を創造して、検証とともに実行するプロセスです。また、これは多くのビジネスにも応用できる創造的思考プロセスであり、それによって生産された製品や事柄は、社会の役に立ち、社会に必要とされるものになり得るでしょう。

そして、問題解決という、そもそも人間の困難な課題を扱うものが「デザイン思考」だとするのならば、コロナの時代に「デザイン思考」があらゆる分野で有効であることは必然だと言えるのではないでしょうか?そして何より「デザイン思考」の目的は、将来に得られる結果をより良くすることです。これを持ってすれば、この先に起こりうる様々な困難な課題を乗り越えて、明るい未来へのストーリーを創造できると感じられませんか。

「思考」のアップデート

このように、大きな可能性を持った「デザイン思考」ですが、これをより有効活用するためには、私たち自身の日常的な「思考」そのものを鍛える必要があるのではないかと感じています。なぜならば「デザイン思考」は、私たちの日常的な「思考」の延長線に存在していると思うからです。しかし、その鍛錬とは厳しい修行のようなものでは決してなく、コーヒーを飲んで本を読み、ニュースを見て、仕事をして、散歩をするといった、ごく当たり前の生活の中で感じる小さな心の変化を発見すること。そして、それらを繰り返し積み重ねていくことなのではないかと考えています。

大切なことは、変異する社会を注意深く観察し、前例に捉われず物事について深く考えながら適応すること。バイアスや固定観念を取り去り、日常の中からの気づきを未来に向けて応用していくことです。そのためには、毎日の生活の中に存在する自分自身の些細な「思考」の変化を意識しながら、「思考」そのものをアップデートさせ、常に最先端な状態にしておくことが必要なのではないでしょうか。

クリエイティブディレクター・アートディレクター / O.H